ちきゅう



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496日目 「立つ鳥跡を濁さず」


30日土曜日。

もうすぐ学年末の長期休暇に入るモルディブの学校。
毎年この時期には職員とその家族で、ピクニックに出かける。
「1年間お疲れ様でしたの会」といったところ。

島に語学研修に来ていた22年度2次隊の新隊員と、偶然遊びに来ていた隊員の2人も一緒に。
前日は快晴で海も穏やかだったけれど、今日は打って変わっての荒れ模様。

私たちを乗せた小さな船は、まさに「大海原に浮かぶ小さな葉」のように揺られる。
ハラハラと頼りなく揺れるたびに、船の中まで攻め込んでくる水・・・
目的地まで普通なら1時間半、この様子だと2時間強。

・・・帰りたーい(涙)!
でも一度乗ってしまったら、辿り着くまで降りられないのが船というもの。

そんなふうに3人の日本人が先行きに不安を覚えた頃、吉報が。
悪天候のため、目的地変更。
Keyodhooの2つ先にある、小さな島へ。

船長、ナイス判断!

15分ほどで、Thinadhooという島へ到着。
ここは環礁内で一番大きな島だけれども、過疎化が進んで人口は30人ほどと言われている。
学校も閉校になり、子どもたちは他の島に移り住んで学校に通っている。

そこのビーチを陣取り、ますは朝ごはん。
女性陣が忙しく動く中、私は子どもと遊ぶ。
5:45という、日本人には信じがたい集合時間だったにも関わらず、みなさん更に早起きをして朝からロシ(小麦粉を伸ばして焼いたもの)を作って持って来てくれたそう・・・感謝!
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そのあとひと泳ぎ。
でも波が多少あり、ちょっと怖い。
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そして昼食。
メニューは焼き魚、pasta、fried rice、salada、鶏肉の炒め物等。
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モルディブ人はタコを食べない。
見た目が気持ち悪いから。
食べるのはリゾートや外国暮らし等の経験がある、いわゆる「異文化を知る」人たち。
ましてや生で食べるなんてとんでもない!

でも、今回は音楽隊員がタコを捕まえてくれた。
校長が喜んで皮をむく。
鳥だって魚だって、皮は気持ち悪いので食べない。

8本の足は、子どもたちのおもちゃに。
「日本人は生でも食べるんだよ」と話をすると、
「じゃあこれ食べてみて!」と、おもちゃと化した足を切って差し出す。
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(2人が手にしているのはきれいに皮を剥いて白くなったタコの足)

「タコの刺身なんてこっちに来て初めて!」と、喜んで食べる。
海の味でコリコリしてておいしい。

タコの足を回し食いするという、日本人3人が見せたおぞましい光景に、大人はものすごく引いている・・・でも子どもたちは大喜び!

調子にのる子どもたちに、小さなカニもそのまま食べさせられた。
そうやって異文化を受け入れていってね。
この地球にはいろんな人が住んでいるんだよ。

タコはミルスで辛目の味付けにしてじっくり揚げたら、なかなかの好評。
そうだよ、その一歩が踏み出せれば、可能性はどこまでだって広がるのに。
とにかく何でも怖がりすぎなんだもの、みんな。

その後またひと泳ぎしてから、帰ることに。

モルディブ人とピクニックに来て、いやだなと思うこと。
それはゴミをそのまま捨てて帰ること。
彼らには「ゴミを持ち帰る」とか「公共の場をきれいに使う」という感覚はまったくない。
海にも森にも路上にも、何のためらいもなくゴミをポイッ!

でも今回は違った。
調理場の木には、大きなビニール袋のゴミ入れがかけられている。
出たゴミはその中へ。

そして帰る前には、校長がゴミを拾って周囲を点検。
マレイ(校長の右腕である島一番の働き者)は、調理に使った薪をすべて片付け、さらには穴を掘って灰を埋めた。
最後には持って来たものやゴミを全て台車に載せて、島まで持ち帰る。
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これはまさに「次の人が気持ちよく使えるように」「来た時よりもきれいに」という精神。
何だか日本みたいじゃないですか!

他の2人の隊員は「こんなモルディブ人もいるんだね」と、素直に感心している。
「いやしかしね、何も自然にこんなふうになったんじゃないのよ。私の活動の成果でもあるんだから」と、心の中で言う私。

「ほら、わたし、すごいでしょ!」って声高に言わないのも、日本の美徳だったもんね。
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by skr201 | 2010-10-31 19:35 | Trackback | Comments(3)

495目 「海水のチカラ」


木曜日に指を切った。
カミソリで。

切り傷って、ちょっとだけでも痛い。
水が沁みるし。
バンドエイドを貼ったら、ウクレレを弾くときに弦をうまく抑えられないし。

翌金曜日。
語学研修以来、久々にこの島に遊びに来た某隊員と泳ぐ。

こんなにきれいな海に囲まれているのに、こうやって誰かが来た時しか泳げない切なさ。
(ひとりでの遊泳は禁止されている。島民と泳ぎたいけどみんな泳げない!)
まあ、遊びに来ている訳ではないので仕方が無い。

まだ冷たい朝の海に浸かる。
なんだかいつもより透明な気がするのは、朝の清々しい雰囲気のせいかな。
魚も前回より多いような。

色とりどりの大小の魚の群れと、今回はカメを2匹見て満足。
大海原を羽ばたく様に泳ぐカメって、ほんとうにステキ。

冷たい海を2時間近く泳いでいたので、私の体はすっかり冷えた。
銛を片手にひたすら魚と格闘する魚隊員(要請は音楽隊員)を置いて、足早に帰る。

いつもはあんまり好きじゃないモルディブのかんかん照りの太陽が、あったかくて恋しい。
日向ぼっこしながら歩く、帰り道。

家に帰ってシャワーを浴びて、ほっと一息ついて気が付いた。

指のケガが治っている!!!
表面の皮が水でふやけたので剥がしてみると、その下には新しい皮が再生していた。

さっきまで痛かったのにな。
海に浸かったら、突然治った気がする。

海水のチカラってすごい。
すべての命あるものが生まれた「母なる海」って言うくらいだものね。


魚隊員による、本日の釣果。
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by skr201 | 2010-10-30 23:32 | Trackback | Comments(3)

493日目 「インド人も認めた」


中高生の頃。カバンの中にはいつも、使い捨てカメラが入っていた。
紙製で、フィルムを巻く時にジージーと音がする、あのカメラ。

被写体はもっぱら自分たちで、現像した写真をカラーペンでデコレーションしては楽しんでいた。
なんかそう、当時同じく流行っていた、プリクラみたいな感じで。

だから「写真を撮る」ということは、日常化された作業のひとつだった。
「特別な日に」ではなくて、「いつもの光景を」よく撮っていたなあ。

それが大学生になって中古の一眼レフに変わった時、自然と撮る対象も自分以外のものになり。
空や雲や花や木や・・・自然の風景を撮るようになった。

そして2000年に船で地球を1周したとき。
この地球に暮らす人たちの顔を撮り始めた。
その表情、衣装、周りの光景・・・そのどれもがとてつもなく魅力的だった。

そんなふうにして世界各国を訪れ、たくさんの写真を撮ったここ10年。
初めて目にするもの、初めて体験する感情、まだ知らぬものへの恐怖、辿り着いたときの喜び、そして通じ合えたときのあたたかさ。
旅ってそれらの感情も、写真を撮るという欲求も、大いに満たしてくれるものだった。

そして時代と共に、カメラはデジタルに変わった。
コンパクトが一眼レフになり、そしてここではWater proofに・・・


前置きがだいぶ長くなったけれども。
そんな私の写真技術が、ついにインド人にも認められた!

ここでも毎日のように大量の写真を撮っている私。
モルディブ人にもよく撮影を頼まれる。
首都に行ったらそんなものを大量に現像、そしてプレゼント。

しかし今回は、インド人の教師陣から初めてのオファー。
11月の初旬に、故郷に帰る先生方。
インドから出稼ぎに来ている彼らは、年末の2ヶ月間帰省し、来年の頭にまた戻って来る。

その前にみんなで揃って写真を撮ってくれないかと。
自分たちもカメラは持っているけれども、キョウコ・ミスの腕には到底敵わないから。
(そこまでは言われてないのであくまで想像上)

「朝の光の中だとキレイに撮れるから」と、7:45の出勤の日に7:00に来いと無茶を言う。
それはお断りして8時からの撮影会(10年生がGCのテストの日)。

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(ほら、やっぱり上手に撮れたでしょ・・・それにしてもみんな足が長い!)

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(これはモルディブ人の先生撮影)

どうぞ年末には家族団らんで過ごされて、リフレッシュして来て下さいね。
異国での単身赴任は本当にさみしいものです・・・

また来年お会いしましょう。
そしてまたバドミントンしたりしましょうね。

あ、今度は料理を持ち寄ってパーティーしたいな。
インドと日本でカレー対決でも。
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by skr201 | 2010-10-28 13:31 | Trackback | Comments(5)

492日目 「ハダシが速い」


体育や音楽や図工の授業が、あまり浸透していないこの国。
やっぱり大切なのは、いわゆる「勉強」。
運動や芸術科目なんかに時間を費やして何になるのさという考え。

体育の時間には鬼ごっこ。
音楽は宗教の関係もあり、ご法度な地域もある。
図工はただひたすらお絵かき・・・それも模写。

そんな状況を改善すべく、隊員が派遣されている。
現状を変えるのは簡単ではないけれども、少しずつね。

最近は体育隊員が増えている。
「体育分科会」も新たに発足され、エンジンが掛かり始めたところ。
そこで「体力テストを実施しよう」ということになった。

この国の子どもたちの体力を知ること。
どんな能力に優れ、また劣っているのか。
そして今後、どんな能力を養いたいのか。
それを基に年間指導計画を立て、教育省に提案するという計画。

そこで各隊員がそれぞれの任地で、まずは50m走の記録を取って来ることに。

初回は8月の初め。
断食月が始まる前にと、急いで測定。

学校の敷地内には、バレーボールコート大の小さな運動場がある。
そこでは狭すぎるので、学校の裏に50mを取った。
といっても、日本のようなライン引きもないので、スタートとゴールに三角コーンを置いただけ。

コースが無いので、当然すごく走りにくい。
特にモンスターの1年生。
2人ひと組で走ったんだけれども、1人が曲がり始めるとそれにつられてもう1人も曲がり・・・
結局2人で仲良くくっつきながら、斜めに走って行ってしまう。
やっぱりまっすぐ走るのって難しいな。

2回目は10月の半ば。
前回の8月から2ヶ月の間に、ひとつきは断食。
もうひとつきに水泳と走る運動を週に1時間ずつ。

さあ、どれだけ上達したのか。
はたまた衰えたのか。

50mを測定する学校の裏は、砂利道、というかサンゴ道。
砂利の上に大きめの石やらサンゴやらが落ちていて、危険。相当走りにくい。

これに対して校庭は砂を敷き詰めてあるので、安全。
体育の時間にも気が付くと、子どもたちは裸足になっている。

体育のある日にはスニーカーを履いてくるように言ってあるけれども、島にはもちろん売ってない。
生活必需品という訳ではないので、持ってない子だって多い。

「タイムを測定するなら、靴を脱いでも良い?」
子どもたちが聞いてくる。

でも外を裸足で走ったりしたら、怪我しちゃうでしょ・・・石やサンゴだらけなのに。
「ケガ防止のために靴は履かせておいてね」と、いつだったかスーパーバイザーに言われていたことを思い出す。

なので子どもはブーブー言うけれども、とりあえずは靴を履かせて測定。
しかし、脱げる、脱げる・・・靴が。

「すぐ足が大きくなるから」と、大き目を履かされているようで、走っている最中に脱げる子続出!
スッポリと勢いよく脱げる靴・・・おもしろすぎ!そしてかわゆすぎ!

「靴脱ぎたーい!」
「だって痛いでしょ。怪我するよ!」
「痛くない。大丈夫。だから、いいでしょ!ねっ!?」

仕方ないな。
確かにそんな靴じゃ記録も出なそうだ。
君たちの足の裏のチカラを信じてみよう・・・
では、靴を脱いでもよろしい!

すると!

記録続出!!!
どの子も1秒くらいタイムが縮んだ。
50mで1秒縮むってすごいよ・・・

さすがモルディブ・キッズ。
私たちには新記録樹立の武器になり得るスニーカーだって、この子たちにとっては可能性を閉じ込めてしまう窮屈な入れ物に過ぎないんだね。

私のひ弱な足の裏じゃ、とてもこんな場所は走れない。
流血確実・・・痛くて踏ん張れないよ。

ほんと、君たちの足の裏って一体どうなってるの!?

そして、ふと足の裏を鍛えようかなと思った瞬間だった。
私もサンダル脱いで生活してみれば、あんな丈夫な足の裏になれるのかしら・・・
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(こんなにオシャレしたって裸足のAalaa)
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by skr201 | 2010-10-27 13:35 | Trackback | Comments(0)

490日目 「テスト週間」 


今週(日曜日から1週間が始まるので24日からの週のこと)からはついに、授業がひとつもない。
GCという10年生が受ける全国統一テストがある日(週に1,2回)は、他学年は休み。
GCがない日は、学年末テスト。

テストの日は子どもたちはカバンも持たず、ペンと定規を手に持って登校する。
(モルディブ人の「書く」技術ってすごく高い。子どもたちのノートのきれいなこと!
 みんな定規を上手に使って線を引きペンの色を使い分け・・・
 文字も流れるような形をしているので、それはそれは美しく見える。)

だから教科に関わらず、定規は必需品。
とりあえずは、どんな紙にも線を引き枠をつくり、その中に書くのだ。
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(定規を手にしているの、分かりますか?)

この時期の私の仕事と言えば、1~5年生までの成績付け。
各項目、日本並みにシビアにつけている。

小学部に留年はないけれども、中学部(Secondry)からはこのテストの成績次第では留年もある。
だから現10年生も、生徒の年齢は15歳から21歳までといろいろ。
学校を卒業したての若い先生より、生徒の方が年上なのだ・・・
顔はもう完全に大人なのに、無理やり制服を着させられている感じ。

やっぱり授業がないと、つまらないな。
子どもたちとなんだかんだやっている時が、いちばん楽しい。


なので最近は・・・

日本のカレーを作ってご近所さんに振る舞い。
(チキンを入れてちょっと豪華に。でも安いソーセージの方がおいしいって言う。)
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花を摘んで来てくれた子どもたちと、飽きもせず"wakawaka"を歌い。
(4年生のShuhaa。彼女は小学部の50m走の記録保持者!)
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久しぶりの満月×好天のコラボレーションにいたく感動し。
(今回は夜景モードで)
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夜はもっぱら、インド人の先生たちとバドミントン。
おとといは3戦3勝。きのうは4戦4敗。
(下ネタもボディタッチも一切ない、紳士的なインド人の先生方とその奥様)
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学校隊員って、ホリデーの間に活動期間がある感じ。
学校が休みになると、とたんに仕事がなくなってしまうんだけれども。

実はこの期間をどう過ごすかが、けっこうポイントなのかもしれない。
ならばあのプロジェクト、そろそろ始動させる時期かもしれませぬ。
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by skr201 | 2010-10-25 12:50 | Trackback | Comments(0)

489日目 「何かを信じるということ」


23日(土)の日の入りは17:52。
月齢15.5の満月の出は18:01。

島の西のビーチで太陽を見送ったら、今度は東のビーチに移動して月を迎える。
バンギを聞きながら、速足で歩いて3分ほど。
こんな小さな島だからできる、ハナレワザ。

満月の時期は日の入りと月の出の時刻がほど近くなる。
オレンジ色の余韻を残す西の空を背に、紺色がかった東の空を眺め月の出を待つ。

水平線のどの辺りから、どんな色の・大きさの月が出てくるんだろう・・・
何かを待つのってすごくわくわくする。

ああ、なんて贅沢なことよ・・・
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いつまでも、こんな時間が続いたらいいのに。

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何かを信じるということ。
それは、時にそれ以外の何かを信じないということを意味する。

例えば、宗教の話。
ここは、私たちのような外国人を除けば、100%イスラム教徒の国である。

毎朝の学校の朝礼も、イスラム式のお祈りに始まり、お祈りに終わる。
授業の始めと終わりには、イスラム教の挨拶。
毎日5回のお祈りの時間には、国中にバンギが響く。
断食月には、国をあげて断食に励む・・・

生活の、そして人生の中心にあるのが宗教。
イスラム教の教えを守り、教徒として徳を積むことが、「生きる」ということなのである。

彼らともう何度宗教について話をしたのだろう・・・
今日も3回ほど勧誘された。
「今からでも遅くはない。イスラム教徒になりなさい」と。
(ウチの両親は敬虔な仏教徒なので、改宗なんて絶対に許されないということにしている。
もちろんこれは、事実無根の作り話。)

話し合いの結果は、いつだって同じ。
残念ながら、「私たちは分かり合えない」ということ。

宗教・人種・性別・年齢に関わらず、人間は通じ合えるときがある。
それは、お互いが歩み寄ろうとい気持ちがあるとき

「分かり合う」ということは、相手を「受け入れる」ということだと思う。
目の前の相手が、例え自分とはまったく異なる文化様式や思想を持っていたとしても、「こういう考えもあるんだな」と認め、受け入れられるとき。
しかもそれが双方向で成り立つとき
そんなときに通じあうことができるのだ。

お互いがお互いを「尊重」し合うということ。

だけれども。
話を元に戻すと・・・

イスラム教徒は、唯一の神を信じている。
その神が、地球をつくり、そこに人間を住まわせ、万物を創造したと。

だから、毎日のように空を仰ぎ、太陽や月や星や海に手を合わせる私のことが理解できない。
(やっぱり大自然を前にすると、つい合掌してしまう・・・)

「それ(太陽や月)は神がつくったものに過ぎない。
 そんなものに祈って何になるんだ?
 ただ神に祈りさえすればすべてが済むんだよ」

「仏像だって人間がつくったものでしょ。そんなのに祈るなんてばかげてる・・・
 日本に行ったら全部壊してやるから!」(イスラム教では偶像崇拝を禁止している)

「私たちは死んだら天国に行くんだよ。そのために毎日お祈りをして、清く正しく生きている。
 キョウコはどうなの?何もしていないじゃない。そんな人は地獄にいく羽目になるよ。
 その時になって泣いても遅いんだ。天国の扉は閉められちゃうから。」

こんな会話を、もう100回はしただろう。
彼らは天国に、そして私は地獄に行くんだと、彼らは笑顔で言い切る。

地獄には針山があり、そこを裸足で歩くのだという。
そして人々の足から流れる血がたまった池がある。
そこは絶えず火が焚かれ、暑くて暑くてたまらない場所なのだと。

不思議なことに、この「地獄」の概念は日本と同じだ。
辞書で調べてみると「地獄」は梵語(古代インドのサンスクリット語)である"naraka"を訳したものとある(日本で言う「奈落」)。

この"naraka"という言葉は、宗教の話をしていると絶対に出てくる言葉。
ディベヒ語かと思っていたけれど、サンスクリット語なのね。
なんかそうなると、ヒンドゥー教も仏教もキリスト教もイスラム教も、やっぱり結局は同じなんじゃん!と思うんだけれども。

また話がそれたので戻そう・・・

つまり、一神教を信じる彼らが、他の神の存在を認めるということは、自分の信仰を否定するということになる。
他の宗教を認めることは、自らの宗教を否定することになってしまうのである。
だから彼らは、私たちの信じるものを絶対に認めない。

私は彼らの思想を認められる。尊重できる。
それは日本に古代から伝わるアニミズム的多神教の思想が、今でも日本人の生活の中に根付いているからだろう。

大空に、大洋に、大地に、そして各宗教の神々に・・・森羅万象に神性を見出し祈りの対象とする日本人の寛容な宗教観は、世界でも珍しいものだと思う。
(宗教に限らず日本人がもつ寛容性、適応力って、本当にすばらしい)

だから。

私が彼らをどんなに分かりたくとも。
彼らには私を理解することができない。

どこまで行っても平行線なのだ。
明日もまた、同じような話をするのだろう。

「キョウコは間違っているんだ」と。
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by skr201 | 2010-10-24 03:10 | Trackback | Comments(4)

487日目 「届いた!」


以前にこのブログにも書いたあの話。
"the World travels letter"のこと。

派遣前研修の語学クラスで一緒だったメンバーの任地を巡る一冊の便箋。
ネット全盛のこの時代に、手書きの手紙というところがいい。
個性溢れる見覚えのある筆跡と数枚の写真に、遠い地での仲間の活躍を思う。

最初のページは担任だったサイモン先生。
去年の夏の日本でのことだった。
それからフィジーを経由してここモルディブへ。

その後はインド、ブータン、パラオ、ミクロネシア、マーシャルと一周して、また日本へ。
そして2周目が私の手元に届いたのが、今年の8月のことだった。

郵便局なんてないこの島。
その代理店のような店はあるけれど、以前日本へのポストカードをなくされたことがある。

船で6時間かかる首都に行って投函すれば確実。
でも船は毎日あるわけでないし、活動だって休めないし。

そんな時に、アトール・キャピタル(環礁の首都)である約700m向かいの島に、郵便局があることを思い出した。

あれは9月15日のこと。
友だち一家の用事に便乗してボートに乗せてもらい、かの島へ郵便物を投函に行った。

首都とはいえ、隣なんだからうちの島とそう大して変わらない小さな島。
郵便局だけれどお客さんは誰もいない。
若い女性の職員が一人だけ。
"Registered post"という、記録が残る種の郵便でお願いした。

そして心配なのは、以前カードをなくされた船と同じ船で、首都まで郵便物を運ぶということ。
(その船しか移動手段がないんだもの・・・)

みんなで繋いできたこのリレー。
次の行き先のブータンまで、なんとか届いて欲しい。
どうかこんなところで無くなったりしないで!

そんな心配をすること、ひとつき。
今日ブータンからメールが届いた。

「例の手紙が、無事に手元に届いた」と。

ああ、良かった。
モルディブとブータンの郵便・輸送関係のみなさん、ちゃんと仕事をしてくれてありがとう。
その間の国のみなさんもかな。

とにかくみんなのリレーのおかげで、あの手紙がブータンまで届いたのだ。
手から手へ。国から国へだね。

「ネットでやりとりすれば早いのに」
そう言う人もいるけれど。

やっぱり実物がもつ存在感って重たい。
手紙が届くって、すごく嬉しいもの。

デジタルの世界って便利だけれども、やっぱり1つひとつが軽いよね。
リアリティーに欠けるというか。
その恩恵を、十二分に受けているけれども。

あの手紙が、この先もずっと無事に旅を続けられますように。
そしてみんなが帰国したら、駒ヶ根に集合してみんなで読もう。

その頃にはどんな毎日を過ごしているんだろうね。


ひとつきの間、ずっとお財布にお守りのように入っていた郵便局のレシート。
これでやっと捨てられるな・・・
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お財布の中に色々と物を入れるておくの、好きじゃないんだもの。
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by skr201 | 2010-10-22 02:03 | Trackback | Comments(0)

486日目 「グ・リ・コ」


日本の伝統「じゃんけん」をこの島に伝えて数ヶ月。

小学生の子どもたちへの浸透率は100%。
どの子も完璧にマスターしている。

「ジャンケン・ポーン!」
「アイコ・デ・ショー!」

なんか語呂がいいよね。
日本語のような、そうでもないような。

モルディブ人には発音しやすいようで、ほぼ完璧な発音。
(この島では「アイマヌ」という名前の男の子が「アイコ」と呼ばれているからかな)

ある日の学校からの帰り道。
一人で家に帰る5年生の男の子と一緒になった。

そこで何となくやってみた。
日本の伝統的遊戯「グリコ」。

じゃんけんをして、勝った方が前に進める。
グーなら「グ・リ・コ」の3歩。
チョキなら「チ・ョ・コ・レ・イ・ト」の6歩。
パーならば「パ・イ・ナ・ッ・プ・ル」の6歩。

負けるとそこから動けない。
負け続けると相手の背中がどんどん小さくなり、最後には見えなくなる、あのゲーム。

ジャンケンするだけでも楽しいこの子たち。
このゲームも気に入ってくれたようで、次の日には島中に広まっていた。

私の姿を見つけては、勝負を挑んでくる。
キョウコ・ミスはジャンケン強いから、負けないよー♪

ある1年生の男の子とゲームを始めた。
すると・・・

「グ・リ・コ」
「チョコ・レー・ト」
「パイ・ナップ・ル」
って言うからびっくり!

日本語は一文字と一歩が対応している。
英語であるCHOCOLATEと PINAPPLEを、日本語の「チョコレート」と「パイナップル」に置き換えるという作業が、このゲームの前提にある。
これって日本人的感覚。

でもCHOCOLATEもPINAPPLEも、そのまま英語として使っているこの子たち。
「チ・ョ・コ・レ・イ・ト」なんていう区切り方の発音は、まずできない。

だから。

グーでも、チョキでも、パーでも。
要は3歩しか進めないということ。

チョキやパーを出して勝って早くゴールするという技は、ここでは通用しないのだった・・・

1年生の3人組。
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マーコは「グー」をちょっとかっこよく。
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2年生のアーラーとは「パー」のポーズでね。
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by skr201 | 2010-10-21 02:52 | Trackback | Comments(0)

484日目 「トマトとキュウリ」

週に1回貨物船が、首都から運んで来るもの。
最近では週3回、フェリーも増発されるようになったけれども。

それがこの島で手に入るもののすべて。

首都で品薄だったり、値段が高かったりすると入ってこない。
先日はマーガリンの価格が高騰して、いっとき島にひとつもなくなった。

特に野菜や果物は価格が上下したりシーズンがあったりするようで、手に入らないものがある。
タマネギ・ジャガイモ・ニンジンは大抵いつも入って来るけれど、トマト・キュウリ・ナス等は貴重。
見つけたらとにかく買って、切って、何にでも入れて食べる!

18日月曜日は、貨物船が戻ってくる日。
この日はみんな買い物に出掛ける。

私もフィハーラをハシゴして、いろいろと物色。
まずはこの日にしか手に入らない食パン(島にはパン屋など一軒もない)を購入。
そして今週は珍しいことに、キュウリもトマトも両方入荷されていた。

こうやって野菜を食べられるのは、8月にマーレに上京したとき以来。
こんな食生活をしていたら、いつか身体が壊れるだろう。
米・パスタ・ヌードルに少量の野菜とツナ缶を混ぜる・・・なんてことを繰り返す毎日。
最近は海が荒れていて魚もあまり捕れないみたいだし。

そんな意味でも2年間という任期は限界なのかもしれない。
身体が本当に壊れてしまう前に、日本に帰らないとね。

(それでもどんどん太り、そして風邪すらもひかない丈夫な私のカラダ・・・
 エコカー並みに燃費がいいんだろうね・・・水と小麦粉だけで走れるっていうか。)

めでたくトマトが手に入ったので、思わず写真を撮ってしまう・・・
そんな島生活だ。
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by skr201 | 2010-10-19 13:27 | Trackback | Comments(2)

482日目 「音楽もやっています」


なんだか最近、体育や日本語の話ばかりで、音楽のことは書いていなかった。
なので今日は音楽のことを少し。

モルディブの学校には、教育省よりキーボードが各1台ずつ配布されている。
本物のピアノといえば、壊れかけのものが首都の学校に1台あるのみ。
そう、国に1台なのだ・・・

プールもそうだけれど、日本の学校って本当に恵まれている。
各学校にピアノがあるなんて・・・ものすごいレベル。
各教科の教材だって、体育用具だって、雨の日だって体育ができる体育館だってあるしね。
この学校にある体育用具といえば、サッカーボールが数個に、なぜかビート板12枚だもの。
あとは私が持ってきた、縄跳びや三角コーンやドッジビーなど。

ここに来た頃は、せっかくだからとキーボードをやっていた。
でも1台しかないので待ち時間が長くなって気が散ってしまうし、指をあれこれと動かすのも難しいしで、なかなか上達しない。
(時間外に遊びに来ていた大きい子たちはすぐに上手になったけれど・・・)

なので最近は、導入に英語の歌やゲームでウォーミングアップした後には、あとはもっぱらソプラノ・リコーダーを吹いている。

リコーダーは彼らの好みにもあったようで、ずいぶんと上手になった。
もちろん学校には1本もなかったので、首都で1~5年生の分を大量購入。
1つ50Rf(約400円)のところ40Rf(約320円)に値切って島に持ち込んだ。

授業では、日本で使っていたリコーダーの教本をつかっている。
最初は左手の指づかいから。シ・ラ・ソができたら高いドとレを。
その次には右手も使って、ファとミ、そして低いレとド。

特にこの低いレとドは、子どもの細く小さな指には難しい。
なかなかきれいな音が出なかったけれど、最近ではだんだんとそれらしい音になって来た。

日本で勤めていた学校では、リコーダーの学習は2年生の後半からだった。
だから左手のみの演奏で、右手が加わるのは3年生から。

ということは、右手の演奏もできるようになったこの学校の現2年生の子どもたちは、日本の子どもたちよりも上を行っているということ!
先日は「アマリリス」という曲が、低いレとドの音の出し方に注意して吹けるようになった。
すごい!
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(2年生のAalaa)

4,5年生はシ♭とファ♯も習得した。
あとは練習曲をたくさん吹いて音楽感覚を豊かにしようね。

17日(日)からテスト週間なので、今年はもう音楽の時間もないだろう。
(未だに今後の授業の予定が決まっていないのがモルディブ流)

来年にはリコーダーの発表会を実施できたらいいな。
こんなにできるようになったよって、お互いに見せ合って認め合って褒め合おう。

保護者の方にも来てもらわなきゃね。

4年生と集合写真。
f0204584_1258238.jpg

これは2年生と。
f0204584_1303572.jpg

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by skr201 | 2010-10-17 13:07 | Trackback | Comments(0)


モルディブでの島生活  +日本での日々の記録    -under the same SKY-
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