ちきゅう



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「あきさみよー」


石垣島の小学校(幼稚園と共同開催)は、運動会のシーズン。
9月半ばの2回の3連休で、ほとんどの学校が終わったみたい。

いつも一緒に遊んでいるあの子たちの学校へ応援に出掛けた。


海が見える運動場は、いつ見ても気持ちがいい。
ここは漁港が近いので、あちこちに大漁旗や漁船のモチーフが飾られている。
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台風19号の影響が残って曇天・強風・高浪がしばらく続いていたお天気も回復して、朝から久しぶりの青空だったけれど、終了間際に雨雲がやってきて、閉会式には雨が降り出した。
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洗濯物を外に干したままだったので、結果発表を見届けてから急いで帰る途中に。
小学校の正門を出たところで、小さな男の子がお母さんと家路を急いでいた。

突然の雨に降られて走って帰るのが、うれしそう。
急ぐお母さんに手を引っ張られながら、「あきさみよー」と、わざとゆっくり歩く。

お、これこれ。
小さい子でも、使うんだね、このしまくとぅば。


この「あきさみよー」は、びっくりしたときに使うらしい。
「あれまあ」「驚いた」「ぎゃあ」など、そんな表現だということ(沖縄方言辞典あじまぁ)。


小さくてもさすが、うちなんちゅー(沖縄人)の言葉に、ある歌を思い出した。
古謝美佐子さんの「恋(くい)ぬ初み」。

あきさみよー ちゃーすがや 恋(くい)ぬ 初み
あぬ日 あぬ時(とぅち) あの姿(しがた)
見んちゃる アヒ小(ぐわ) 忘(わし)ららん
肝(ちむ)や ドンドン 張いちまてぃ
くりどぅ 恋(くい) やらど
あきさみよー ちゃーすがや 恋(くい)ぬ 初み

(訳)
さあ大変 どうしよう 恋の初め
あの日 あの時 あの姿
出会った あの人が 忘れられない
胸が ドキドキ 張りさけそう
これが 恋と いうものかしら
さあ大変 どうしよう 恋の初め



「あきさみよー」なんて、咄嗟に出たら、かっこいいなあ。
久しぶりにそのCDアルバムを引っ張り出してきて、改めて聞いてみた。
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by skr201 | 2013-09-25 07:41 | Trackback | Comments(0)

「沖縄の看板いろいろ」


沖縄にはおもしろい看板がたくさんある。
道端でだまって主張する、あんなことこんなこと。

思わず目が奪われて立ち止り、ふふふと笑ってしまう。
かわいいキャラクターやアーティスティックな作品よりも、文字だけのシンプルなのが好みだな。


まずは「2012成人生」2連作。
他にあといくつあるのか気になる。
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私のお気に入りのこの「ゴミと希望は捨てないで」は、行方不明なう・・・涙
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おじいの貝殻の店の前
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老人クラブ。「あいさつ」の「つ」がない。
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上原(西表島)子ども会
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小学校の正門前
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石垣市交通安全母の会、「海では遊ぶな」。
だからこの島では誰も泳いでないのね。
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「SUTA」になって久しいTSUTAYA。
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そしてこれは看板ではなくてお知らせだけれども、島らしくて良い。
波照間駐在所速報、「危険!路上に寝転んで星空観望」
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とまあ色々あるんだけれど、中でも断トツが、以前ここでも紹介した、これ。
台風で飛ばされてしまったらしく、今はもう無いという。

波照間小学校、すむづれの会(高齢者向けのデイサービスを提供しているNPO法人で、すむづれは「心をひとつにして」という意味)、波照間駐在所の共同作品。

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「ピコハン! ウタマヌ トゥンジ」(危ない!子どもの飛び出し)
すごい、何ひとつわからないよ・・・


看板探しは、まだまだ続く。
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by skr201 | 2013-09-20 07:16 | Trackback | Comments(0)

「しまくとぅば」


9月18日は、「しまくとぅば(島言葉=沖縄地方の方言)の日」らしい。
九が「く」、十が「とぅ」、そして八が「ば」というわけ。
(じゃあ「島」はどこにいっちゃったのかなって思うのは意地悪かな・・・)

それに関連して、ここ沖縄でも方言を使う頻度が減ってきている、若い世代では特にその傾向が顕著だという記事が載っていた(琉球新報、9月15日)。

私は自分が標準語を話している認識があるので、方言がとても魅力的に聞こえる。
北だって南だって西だって何だって、とにかく方言って感情表現が豊かであたたかい。


毎年旧暦の8月13日に、石垣島で「とぅばらーま大会」が行われている。
十三夜の月を愛でながら、八重山民謡のひとつ「とぅばらーま」を三線を片手に歌う。

その歌の内容も、もちろん八重山地方の方言なので、私にはちっともわからないけれど。
満ちるちょっと前の月の下で民謡を聞く夜って、とてもすてき。


古典的なとぅばらーまは恋愛ものだけれど、最近では様々な歌詞がつくられて、家族・自然・ふるさとへの思いなどが歌われているそう。

有名なものは、こんな感じ。

つぅきぃ ぬ かいしゃ や とぅかみぃーか つぃきぃ
(月の美しいのは 十日三日の月)

みやらび かいしゃ や とぅーななつぃ ぐる
(乙女の美しいのは 十七歳の頃)

つぃきぃ とぅ てぃだ とぅ や ゆぬ みちぃ とぅーりょーる
(月と太陽とは 同じ道を通られる)

うら とぅ ばん とぅん ぴぃとぅみちぃ ありおーら
(貴方と私とも 1つ道でありますように)

やま みりば やいま ゆ うむいいだし
(山を見れば 八重山を思い出し)

うみ みりば まりじぃま うむいいだし
(海を見れば 生まれ島を思い出す)



昨日17日(火)に行われた第25回とぅばらーま大会を見に行った。
十数年前にも来たことがあるけれど、あの時とはまた違う思いで、歌を聞いた。

すっかり風が乾いて涼しくなり、長袖シャツを着ている人もちらほら。
ちょっと強めの風が歌者の着物の裾を時折めくったり、マイクに風音を入れたりするけれど。
ステージの上の雲を流して、明るく美しい月を見せてくれた。
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(画像は石垣市のfacebookページからお借りしています)

歌唱の部の参加者は全部で23名。
最年少は18歳、最年長は91歳、大阪や兵庫、そしてアメリカからの参加者もいた。

とぅばらーまの旋律に、自分の好きな歌詞を選んでのせていく。
上の青字の歌詞や、「紺地を染める」「好きな人のもとに通う」ことを歌った人が多かった。


作詞の部の最優秀賞は、84歳の女性の方。
去年亡くなったご主人のことを想い、歌ったのだそう。

みうとぅぬ かいしゃー とぅすとぅる ふどぅに
(夫婦の美しい姿は 年を経てこそ美しいものだ)

てぃなり ぱんなり ぐさんなり むつみょーり
(お互いに手となり足となり 杖となって支え合って生きていこうね)

んぞーしーぬ いつゆまーでぃん
(いつの世までも)



去年のある日、ご主人と二人で買い物に行った時のこと。
目の悪い奥様は、人混みの中でご主人と離れてしまった。

そこで来た道を戻って商店街の入り口で待っていたら、旦那さんがやって来て、それからは初めて手を握って歩いてくれた。

ああこれからは、こうやって支え合って生きていくんだなあと思ったその数カ月後に、旦那さんが突然亡くなってしまったのだと、表彰式でお話されていた。

そんな想いを歌う、しまくとぅばの力。


「くとぅば じんじけー」(言葉はお金のように大切に使いなさい)という言葉がある。
言葉には不思議な力が宿っているという「言霊(ことだま)」は、内地でもよく耳にする。

マイナスの言葉ばかり使っていると、いつの間にか負のサイクルに取り込まれてしまう。
自分も周囲もいい気持ちになるような、優しくあたたかい言葉を使っていかないと。


そして日本全国が同じような言葉を、簡単に使うのではなく。
その土地に伝わる言葉を話してその言霊を、次世代に伝えていくってことも大切だね。
私も話したいなあ、しまくとぅば。


ところで那覇のラジオを聞いてて、最近気が付いたのが、ファミマの発音。
(石垣にはファミマはないので、この言葉はまず聞くことがない)

関東だとファ・ミ・マは、ほぼ同じ音程で平坦な発音だと思う。
でも那覇だと、ファの音が一番高くてアクセントがあり、ミ・マで下がってるのだ。

これもしまくとぅばだね。
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by skr201 | 2013-09-18 12:58 | Trackback | Comments(0)

「これほんとに血税です」


ついこの前まで住んでいた実家のある地域の市民税・県民税を払ってきた。
便利なもので、この日本のはしっこの、小さな島のコンビニからでも支払える。
(ちなみに地図を見る限り、ここが日本最南端のコンビニ)

昨年1年間の所得に対し、その年の1月1日に住所のある市町村で課税される。
なのでもう、あそこには住んではいなくとも、払わなくてはいけないのだ。


勤労・納税・教育は日本国憲法に記された国民の義務。
わかってますけどね、これはちょっと高すぎなんじゃないですか・・・

給料から天引きされると、「仕方ないな」という気になるけれども。
ATMから普段は縁も無い大金を引き出し、それをそのままコンビニのレジへ・・・
これはもう、「振り込め詐欺」にでも遭っている気分。


平均年収が全国で最も低いと言われている、この地域なので。
レジのおばさまが金額を読み上げて「えっ!?」と言い、驚いて表示を2度見した。

「これ住民税なの?すごいねー、稼いでるんだねー」
「でももう数カ月間収入ゼロなのに、ひどい社会ですよ」
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昔から世の中には喜捨という考えがあるけれど、富める者の弱者救済という考え方。

お金がある人が、貧しい人を助けることで、徳を積んでいく。
あまっているものがあるのなら、分けましょうという考え。


つまり今の私みたいに貧しい時には、寄付なんてしなくていいんだけどな・・・
なんかおかしいよね、むしろ援助してほしいくらいなのに。

まあこの数カ月は勤労の義務を果たしていないので、納税で勘弁してもらうと解釈しよう。
あの町にもお世話になったから。ちゃんと使ってほしい。


納得できない思いのまま、いつものあの橋へ夕陽を見に行くと。
やっぱり今日も美しいから、まあいいかって心が軽くなった。
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来年の住民税は、すごく安いに違いない・・・
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by skr201 | 2013-09-15 09:08 | Trackback | Comments(0)

「ジャケットは常識」


日本社会の常識とか、苦手なわたし。

そんなことに何の意味があるのかとか、すぐに思ってしまう。
なかなかみんなと同じことができなくて、若い頃には苦しんだこともあったけれど。
歳を取るとどうでもよくなってきて、今やこんなふうになってしまった・・・

だからみんなが大らかで自由な海外にいると、とっても楽。
「海外にいるときの顔が、きっと本当の顔なんだね」って言われたことがある。

そんなことないよってあの時は思ったけれど、最近はその意味が分かってきた。
私の職場とプライベートと海外の、それぞれの顔を知っている、尊敬するあの人。


まあともかく(ちなみにこの「ともかく」っていうのがその先輩の口癖、つまりせっかちさん)
どうしてこの、じめじめむんむん暑い南国で、スーツのジャケットを着るのか!?

10年前の地元の試験では、ジャケットを着ている人なんかいなかった(ような気がする)。
(この試験で「どんび」のオルガン演奏+歌の試験で同じグループだった人に、つい最近九州の友だちの結婚式で再会して「あの時一緒でしたよね?」って言われて、びっくり!)


試験の数日前に、試験でジャケットを着るのは日本社会の常識らしいことを聞いた。

スーツとかシャツとかもともと嫌いな私は、白いシャツすら持ってなくて母に借用。
ジャケットは持ってたけど、南国じゃあカビが生えそうだと実家に置いてきちゃったし。
送ってもらうのも買うのも、なんだかバカらしいなあ・・・

というわけで常識にとらわれず試験会場に向かうと、そこには手にジャケットを持つ人々。
会場に入り試験官が来る頃にはみなさん、白から黒へと変わっていた。

驚異のジャケット着用率100%!!!
(いや、私以外だから99.7%くらいだね・・・)


ああまた、ここでも浮いてしまったヒジョーシキなわたし。
でももう、なす術がない・・・


試験の審査項目には、こんなものがあるらしい。
「場にふさわしい、服装や態度であるか」

「試験」という場には、ジャケットがふさわしいのか。
でも「南国の夏」という場には、シャツまででいいんじゃないの?
南国の夏と言えば、かりゆしウエアーだっ!

だってあんな黒くて分厚い長袖着たら、汗だくになるでしょ。
それっとちょっと、清潔感に問題ない?

なんて屁理屈をこねてみる。


1点の差で合否が決まり、人生が左右されるシビアな世界。
ジャケットの有無まで点数化されて採点されているんだったら、こまったなあ。
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これは外なのでみなさんシャツだけれど、会場内では本当に真っ黒・・・
この黒ってのもまた、すきじゃないんだよね、とほほ。
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by skr201 | 2013-09-10 11:30 | Trackback | Comments(0)

「対馬丸事件慰霊祭」


先日那覇に一週間ほど滞在していたときのこと。
期間が長かったので、宿は安さで選んだ(1泊2,500円)。

知ってはいたけれど、行ってみればそこは風俗街のど真ん中。
部屋からの景色はこんな感じで、夕方頃から街が色付き客引きが立ち始める。
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でもコインランドリーもコンビニもスーパーも近くて便利。
那覇市内唯一のビーチ「波の上ビーチ」にもほど近くよく散歩に行った。
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パワースポットのような雰囲気のカフェもあったしね(ぶくぶく珈琲が名物の「カフェ沖縄式」)。
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その波の上ビーチの手前に対馬丸記念館がある。
そこで8月22日に対馬丸事件の慰霊祭が行われていた。

1944年8月22日、長崎に向かっていた学童疎開船対馬丸は、南西諸島沖で米軍潜水艦の魚雷攻撃を受けて沈没し、1,418名が犠牲になったという。


慰霊祭ではあの世からの遣いとされる蝶(オオゴマダラ)を空に放ち、供養をする。
また子どもたちの合唱やバイオリン演奏などもあった。
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そこで偶然知り合った女性が言っていた。
このことをもっとたくさんの人に知ってほしい、なぜみんなこの事件を知らないんだと。

その言葉に、先日の長崎の平和祈念式典の田上市長の言葉が重なった。
「若い世代の皆さん、(中略)あなた方は被爆者の声を直接聞くことができる最後の世代です」
http://www.city.nagasaki.lg.jp/peace/japanese/appeal/


戦後68年が経ち、戦争を語ることができる教員はもういない。
でも私たちは戦争の話を聞くことはできる。それを子どもたちに伝えることはできる。

沖縄の教育に携わることができたら、日本で唯一の地上戦を経験し、県民の4人に1人が犠牲になったと言われる沖縄だからこそできる平和教育を推進しなければ、そう思った。

風化させない、そして過ちを繰り返さないために。


あんなホテルに泊まっているのも、ここに来るためだったのかもしれない。
この慰霊祭に参加して、こうして心が動かされるためだったのかもしれない。

まだ辺りを舞い続けるオオゴマダラ眺めながら、ふとそんなことを感じた。
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by skr201 | 2013-09-05 07:18 | Trackback | Comments(0)


モルディブでの島生活  +日本での日々の記録    -under the same SKY-
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